計画ばかり立てている女たちよ

どうも30歳を過ぎたあたりから計画ばかりを立てている。

このままではいけない、みたいな気持ちがぬぐえないでいる。

理由は明確で、これまでがよろしくなかったから、これからはよろしくありたい、ただそれだけである。

家族会議

男と女の話を持ち出して申し訳ないのだけれど、夫はあまり未来の話をしたがらない。したがらないというか、する必要を特に感じていないようで私とそこのあたりが合わない場合がある。

家族会議、みたいな名前をつけていつこれをして、こうなっていなくて、こうありたい、みたいなことを話し合う機会を私が異常に持ちたがるようになった。

だからと言って、話し合いを設けてくれないわけではないのだけれど、私の中でこれでいいのだろうかと思うようになってきた。

どうしてこうなったのか

変化が生じた理由はわかっている。

20代のころまでは私は過去のトラウマから逃れるのに必死で、現在しか生きたことがなかった。これは嘘でもなんでもなく、未来のことを考えたことがなかった。

なので、その日限りの人生というか、意味は違うかその日暮らしをしていた。その日を乗り越えるのに必死だった。

未来のことを考えて子どものころから生きてきた人が10代の時はうらやましかった。

それは大人になった今も同じである。

大人になると、みな同じように子どもから大人になっている。

その時に年収や職業、学歴や家族構成、子どもの数、生活水準など比較対象は多くあるけれど、私がうらやましく思うのは、今相談できる家族(特に女性のライフプランを相談できるお母さん)がいるかどうか、のような感じがある。

お母さんと呼ばれる存在はまだ生きているが、もう音信不通でというか私が切ってしまい、連絡は取っていない。

みんなの想像するお母さんではないからである。

お母さん

人生で悩むことが多くあり、その多くをお母さんに相談できる人はいいなと思う。

どうしてかというと、他人へ人生の悩みを相談すると嫉妬や反感を買うことが多いから。それが家族であれば、もちろん毒親であれば、同じようにねたんでくるのだろうけれど、「普通」のお母さんであれば、悩みを聞いてくれる。

それがないので、私はようやく未来のことを考え始めたけれど、誰にも相談することができない。

大人なんだから、自分で決めればいいじゃんという人が多いのかもしれないが、一切相談できない環境は、どうしても相談できる人とは大きく違ってくる。

単純に私がそこを他人のそこを羨ましがっているという話である。

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