タイトルを幾度となく間違える、春からはじめたいのに、冬からはじまり、冬のなんだったか、春のなんだったか。
ドラマを観ましたね、観た人にしか伝わらなくていいレビューです。事細かくもないし時系列もバラバラ。ただ言いたくなった事をかいつまんでまとめます。
山田線と文菜はなんでヤッていないことになっているのか
私、とても驚きました。文菜が美容師の男と温泉旅から帰宅して風邪だが引いて熱出して、自宅にもう一人の関係を持つ山田線が来て、この関係を終わらせたいというシーンで、山田が「キスとかしたのがマズかった?」みたいな台詞があり、「ヌォ!ん???」となりました。なぜだ、こいつらキスだけした関係だったのかと驚きました。
じゃあなんに罪悪感あんの、と思う私もズレているのかもしれませんが、え、キスだけ。なんでこの2人はヤッていない設定なのか私はもう驚きました。
一つに思うのは、そもそもこのドラマは地上波のドラマとしてしまってはいけない内容で、そもそも1話で憤慨するような視聴者はこの2人が体の関係も持っており、文菜は美容師の男とも小説家の男とも関係を持っている、というのは耐えられないからかなと思い直しました。
もう一つには、キスだけでも繋がり合う2人、みたいなそんなことぅ?やっぱり理由が分からない。私は2人は普通に身体の関係も持っていても良かったなと思いました。喪服でベッドに横たわる文菜にムラムラして、彼氏の家に行くよと伝えた時の目線はそのものかと勘違いしておりました。
文菜のファッションが元カレそのまんまなのが最高ね
うろ覚えなのですが、燃え殻というネットにいる人いますよね、私は今泉監督と同じようなインターネットのゆらゆらしたものを感じるのですが、その燃え殻さんが自分はこれまでの女のエキスで自分が成ってるみたいな、要はその影響を受けてきていると書いてた記憶があるんです。
私その言葉がすごく好きで、別に男女の恋愛でもなんでも性別とかはどうでもいいんですけどね、男と女が恋をして、男が女の影響を受けて、女が男の影響を受けて生まれ出てしまうと、すっごくそれって新しくて唯一無二というか、私はそれが好きなんです。(ズレてしまうが、生物学上、女は父親似となり、男は母親似となる仕組みもとても好き)
文菜の服装、おしゃれでボーイッシュだけど、あれまんま元カレの服装そのまま影響されてて、本だって同じように書いて、センスも同じように目指して、そのなんというか男のエッセンスをもらった女の子を服装でも描けてる感じがして、それが唸りポイントでした。別れのときの変な邦楽ライブ会場の格好なんてまんま一緒。元カレが試すように自分のことを傷つけてほかの人間と関係を持ったことを伝えてきたのも、最後の文菜の別れ方ともまんま同じだった。思い出した、元カレの名前はニ胡でしたね。
そういえばその二胡に影響受けたファッションの文菜が実家に帰った時、ダウン着てて東京で見たらすごくお洒落で小柄な女の子がダボッとして可愛くてそんな服でホテルなんて言って誰にも言えない悪いことしてると思ってるそのこの服装が、地元の富山に帰って迎えに来た弟が似てるダウン着てたら、なんというか途端にエロスのない姉弟で似たダウンに見えてそれも凄くその東京の力というか、そんなものを感じました。
ニ胡の真似事の恋のなんかね
ニ胡に試されたから、文菜も試す恋ばかりするようになった。こんな自分でもいいかな?こんな自分でも愛せる?を試しつづけて。でも、別に許してもらえなかったとしてもそれはそれでいい、とにかくそれでいいのが文菜。
私は美容師の男が気持ち悪くて無理でした。でも世間のレビューには、ニ胡とか線みたいな小説家が気持ち悪くて苦手だった、みたいなコメントがありましたね。あんなのクソみたいな恋愛だって。
あんな最高な恋ないのに、ニ胡に似てるから線と遊んでるんだよね、二胡が本当に好きになった最後の相手だから、田舎から上京してきて、小説に憧れのある子が二二胡惹かれるのは当たり前なのでいま彼女はニコの液体から生まれたもので生きてる、だから服装もそっくりで、やっていることも そっくり。
美容師の男はSpotifyのおすすめ曲を聴く男
文菜は28歳で、世間一般から見られる世間に言えるような関係性も持っておきたいから、美容師の男と付き合っている、別にきらいじゃないむしろ好き、優しいし自分のことが好きだから。
でも、なんというか美容師の男はSpotifyがまとめたおすすめ曲を聴いている男で、二胡や山田線はSpotifyで自分でPlaylistを作る男で、文菜はPlaylistを自分で作る男が好きに決まってるのになと、思っていた。
それもみんなが知らないような世間一般には説明のつかない音楽の好きな男と、世間一般には説明のつかない男との関係性が好きなのである。
でも、地元に帰れば説明しやすい方を使う、だってそこにいる人たちにはその言葉がしか通じないから。そこにいる自分も本物なのだけど、説明のつかない世界や記憶、好みのことを大人だと思っているから、言葉で説明の尽くことはすべてが子どもっぽくも感じていたんだと思う。それを山田線に突かれて笑っていたよね。
