「子どもを持たない選択」をするということ

COFFEE エッセイ
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ここ最近、といっても28歳になってから、子どもを持たない選択ということをよく考える。産まないという決断も当然のようにあるということをすんなりと受け入れていて、もしその決断をするならばという選択肢を持っている。

女性はキャリアか家庭かという選択を迫られる。(わたしのように無職で独身、子供なしというどちらもない場合もあるけどね)女性は選択肢が限られているわけではなく、選択肢が多くて選択をする機会が多すぎるような気もする。それを恵まれていると考えても良いことのように思うけれども、「悩む」ということは、たいていの人は避けて通りたいのだから仕方ない。

どうして子どもを産むことがキャリアに影響するのか当たり前かもしれないが考えてみると、子どもを産む年齢の壁と子どもを育てる期間の長さがある。

35歳を過ぎると生物的に体力もなくなるからできればみんな30歳手前で生みたい。だから26歳までには彼氏がいないといけないという焦りがはじまる。私の友人たちを見てみると、想像の世界で生きている。誰かに出会えば、その瞬間にまだ見ぬ未来を想像しはじめる。

「結婚したら家はどうしようか」「向こうの両親とは暮らせない」「子どもはどうしよう、何歳くらいで産もう、どこで育てよう」

そうやってまだ見ぬ未来に合わせて、正社員をやめてパートになる人たちもいる。良からぬ想像と言いたいわけではないけれども、有り余る想像力が女性の選択肢を削いでいる場合も往々にしてある。ひとりでいることも誰かと出会うときにもなにか選択に迫られる時も女性たちは、想像して生きている。プランAがダメだった時のプランDくらいまで考えている。

議論すべきなのは、今後女性の人生への男性の介入ではなく、その女性自身がゆくゆくは子どもをうみたいのかどうかを決めること、そして生まないと決めた女性への当たり前の人権保護だと感じる。だから結婚しようとしまいと、子どもを産もうと産まないと、生理を止めようとそのままにしようと、自分自身で決めるための人権保護が必要なように思う。

先日、転職の面接前の電話口で「結婚の予定」と「ゆくゆくの住まい」「出産」について聞かれた。まだ見ぬ未来を他人の女性も気にする。それを当然の権利のようにして、他人の権利を剥奪しようとしている。

子どもを持たないという決断をした人は、子どもを持つと決めた人より、ずっと子どもを持つことについて考えているんじゃないかなと思います。熟慮に熟慮を重ねた上での決断だから。

全ての人が大人になったら親になりたいと思うもの」という考え方。「特に女の子はそうですが、女の子も男の子も、大きくなったら親になるのが普通という考えで育てられています。でも、親になることを選択肢として考えるようになると、本当に自分にとって最善の選択ができるようになります」「子供を持たない選択」をした人について、知ってほしい5つのこと

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