母親の木の像

マザー・マザー01

「ああ、そんで人生やり直すわ」と母は言った。

そのことばを思い出しながらわたしは風呂上がりに、親指の先に黒いん付いとって汚いから爪を切ってた。パチン、パチンという音はなんでか知らんけど男の人には聞かせたらいかん気がして、彼の耳に届かないところで切る。

人差し指の爪が丸まって切りづらくて、小指があるかないんかわからんくらい靴ですり減ってちいそなっとる爪を見るたんびにわたしは母を思い出すんだった。

人生やり直す、いうのは彼女にとっては母でない人生、ということなんだとおもう。

深緑の車

深緑の車の前に車を停めて、「後ろの緑の車、見える?」と聞かれた。

弟と二人でその車を見て、うん、見えると答えると「わたしの会社の人なんよ」と言ってた。それから、好意があるような、半ば母の好きな人という理解し難いことばに、私たち子どもは、相手はお母さんのこと好きなわけ無いじゃんと、こそこそと罵った。悲しかったのか、八つ当たりしたい気持ちになった。その人に対して。

そういうと母は自分が好意を持たれていないわけはないと思っていたようで、狼狽していた。うろたえながら笑って、「ウソ〜、ぜんぜんそんなこと思わなかった〜、すきじゃないのかなあ」と言っていた。

記憶は断片的なのだけれど、あの後母は彼に告白のようなことをして、振られていた。そういうの困るんで、みたいなことばで。それから「あんたたちが正しかったわ」、みたいなことを言われた記憶がある。

大人になれば、35歳過ぎのおばさんが年下の男性に恋をして振られることは恥のようにも思うけれどわたしの当時は安堵しかなかった。母が遠くにいかないで済む、他の人のところにいかないんだ、と安心した。

趣味は読書と映画鑑賞と自転車・散歩。いろいろな土地に住みついて文化や食べ物、言語を学ぶことが道楽。ブログはぼちぼち更新していきます。

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