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[北海道移住日記]はじめに

2020年11月19日

はじめに

北海道への移住が決まった。同居人が、東京ではなく北海道での仕事が決まったからだった。私たちは東京で同棲していて、二人で北海道に移住することを決めていて求職活動をしていた。

これから東京から北海道の移住に向けて動いていくことを書き記していこうと思う。

仕事が決まった

北海道へ最終面接を受けにいき、その場で内定が決まったという。東京から遠隔で選考をしていた彼はすごいな。落ちる可能性だってないわけではなかったし、そばで見ていた私は落ちたときにどう励まそうか、AがダメならプランBやCまで決めておかないといけないとハラハラしていた。

私自身は在宅での仕事が決まった。だけれどせっかく新しい地域で暮らすので、少しは外にコミュニティがほしいのでもともとやってみたかったカフェのアルバイトも兼業してやっていきたいと思っている。

二人とも仕事をやめたとき

こうやって彼の仕事が決定したから私も地方移住が達成できるのであるけれども、私一人では到底できなかったものであるように今ならわかる。

もともと私は引越しばかりする人間であり、同じ場所に留まることができない。会社も同じ場所に同じ時間に同じ人たちといることができないのである。ここで一生を終えるのだろうかと何故かいつも死ぬことがチラついてしまい、結局短期間で辞めてしまい、逃げるように暮らす場所を変え、転職と引越しを繰り返してきた。

そのためか、私は自立しているような気がしていて、自分という人間はどこかに行こうとすればどこでも暮らせるしどこにでも移動ができるのだと、そういう根拠のない全能感を抱いていて、今回の北海道移住にかけて私は自分の力だけではできないことだったし、移住ってもっと大変なことなのだと気がついた。

今回なんて私たちは同棲して1年半ほど経つのだけれど、二人とも仕事を辞めて同時に無職になった。それもこのコロナ禍2020年にだ。無鉄砲にもほどがあるぞ!と言われればその通りなのだけれども、時世も身の上も関係なくあの時は私たちは仕事を続けていくことができなかったし、それが正解に思えたのだった。

東京には居たくなかった

仕事を二人とも辞めてからというものの、これから長い期間「本当に」二人で暮らしていけるのか、考えて悩んだりもした。

「一緒にいたいから一緒にいるという」そんなシンプルなことがどうしてか悩みあぐねてできなくなって、お金もない仕事もない、東京にも暮らしたくない、そんな自分勝手な八方塞がりで一時期はものすごく落ち込んでいた。

仕事も失い、自尊心も失い、思いやりも失い、そうやって勝手に自分で自分を見失う時期が半年以上ほどあった。けっこう辛かったし、その中で病気にもなったりして、なんだかすごい2020年だったと思う。でも生きているし、次の道も見えてきた。生きていくって不思議だ。

2020年は東京では多くの人が私のように仕事を失い、自尊心を失い、自ら命を失った人たちもいた。彼らは私だったようにも思う、遠くない近い存在だった。特に若い女性の自殺率が上がっているというのは、どう表現したらいいのかわからないけれど、子供を育てている人だっていて、その苦労は想像しがたい。

そんな中でも、東京に暮らす人たちは新しい生活様式を受け入れて、普通に生活を始めた。わたしには今でも現状が受け止めきれない。やはり自分が仕事を失ったからこそ気づく異変というものを感じる。仕事を失っていない人たちはそう現状は変わっていない。

なんとなくな「空気感」で通常通り出勤をはじめている人も多くいる。人が死んでいっているというのに、来年にはオリンピックも開催されるそうだ。そんな東京にはもう私はいられなかった。現在2020年11月には緊急事態宣言が出た4月以上の感染者数500人以上が出ている。

これからの移住生活日記

とは言うものの、移住先の北海道だっていまコロナの感染数が増えている。コロナの東京にいたくないという思いで地方移住を考えて、神奈川県や福岡県、北海道と様々な地を見てきたのだけれども、その中でもとくに北海道の感染者数が増えてきた。なんだか不思議な境遇だと思ってしまうけれど、もうどこにもコロナからの逃げ道はないのかもしれない。

こんなに世界中、アマゾンの奥地まで感染が広がる事態に私たちは東京を出て移住をはじめる。

そんなに移住って甘くないですよ、とそういうことを言う人だっているだろうし、私だってわかっている。そんな酸いも甘いも当時を振り返ったときに、そんな時もあったと思えるような、たわいもない生活の中にある新しさや面白さを書いていきたい。

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