日本の報道に多い、母子無理心中がなぜ起きるのか

adults baby care child WELLBEING
Photo by Pixabay on Pexels.com

日本ではよく母子の無理心中が報道される。個人的に覚えているのは、東京都杉並区の母子無理心中。ちょうど通院していた病院近くで事件が起きて、警察と野次馬でごった返していた。

現場に黄色いテープが貼られているのを見たのは初めてで、何が起きたのか気になってあとでニュースを見て知ることになった。

5日午前10時半ごろ、東京都杉並区和田2丁目の住宅で女性と子ども2人が意識を失っているのを、世帯主の男性が見つけて119番通報した。

3人は男性の妻(35)、小学校低学年の娘(7)、幼児の息子(4)とみられ、病院に搬送されたがいずれも死亡が確認された。現場の状況から、警視庁は母親が無理心中を図った疑いがあるとみて調べている。

捜査関係者によると、子ども2人には刃物で刺されたような傷があった。室内に争ったような形跡はなかった。別居中の男性が訪ねてきて見つけたという。

yahooニュース

子供二人を刃物で刺した後に、母親は首吊り自殺。現場には、両親への置き手紙があったらしい。痛ましい事件だけれど、母子ともに死を選ぶというのは、日本というかアジアならではないのか。

日本と西洋における人権の捉え方・考え方の大きな違いを知ることで、母子無理心中というのは起きずに済む方法もあるのではないか。解釈次第では当事者の意識を変えることだってできるのではないかということを個人的にも考えました。

西洋型の人権

人権は、国によって捉え方がさまざまだ。もちろん日本に住んでいるのだから、日本の人権の捉え方だけでいいじゃないかと思われるかもしれないが、価値観を同質にすることは人権を守ることにつながらない。そもそも、人権というのは守るだけではなく、自分の所有物として使うという考えについて捉えていきたい。

「人権」はもちろん一つなのだが、人権の扱い方・捉え方には、日本型と西洋型がある。日本の人権教育と人権啓発は何のためにするのかと言えば、「守る」ためにするという傾向が強い。
周りの人が「やさしさ」や「思いやり」をもって、「差別されている人を守りましょう」「人権侵害をなくしましょう」「弱い立場の人を守りましょう」そのような目的で行われてきたように思う。そのことはもちろん大切なことではあるが、そこで扱われるのは「やさしさ」や「思いやり」といった気持ちの問題に偏る傾向があるのではないか。

「やさしさ」や「思いやり」が相手にも通じるのは、価値観が同質だからである。

じんけんながさき

西洋社会は、民族や生活習慣、価値観が異なる多民族社会・多文化社会である。そのような中で、国民が一つの共同体として一緒に暮らしていかなければならない状況にあった。

そこで求められるのは、「どうしたら相互理解ができるか」「理解できない相手であってもどうしたら尊重したり協力したりできるか」ということである。

つまり、様々な立場の人とコミュニケーションをとったり合意を形成してルールを作ったりする、市民社会をつくる者としてのスキルの育成が重視されてきた。日本型の人権を「守る」とすれば、西洋型の人権は「使う」ということである。

じんけんながさき

もともと、西洋型の人権というのは中心に所有権がある、とされている。つまり「自分のものは誰にも奪えない、自分の所有したものは誰にも奪えない」というのが基本的人権の中心に位置する。

だから自分すらも自分の所有物だから他人の自由にはできない、奴隷にされないということです。自分の命も自分の所有物、だから死ぬかどうかの決定権が自分にあるのは、基本的人権。これが西洋型の人権の根本思想。

つまり、日本の無理心中というのは、自分以外の人間に殺されるわけだから個々人の人権というのをそもそも侵していると考えられる。では、そんな考えを生み出す日本型の人権ってどんな考えなのだろうか。

日本型の人権

対して、日本では命というものが所有権ではなく共有財産であると考えられている。

極端な話、渡すはおばあちゃんだけれど家族みんなは私の年金で暮らしている。だから、私が死んたいからといって死ぬわけにはいかない、そんな老人日本にはいくらでもいる。

これが逆転するとどうなるのどうなるかというと、もう私は生きていけない、幼い子供と一緒に自殺しようという考える。こういう風に考える親が多いです。子供を連れて無理心中ということが報道されるんです。

西洋では子供との無理心中はほとんどない

海外とくに西洋ではですね子供を連れた無理心中というのはほとんどない。これは、アジアそれも日本ですごく多い。なぜかというと、生命というものを共有財産と考えているから。

だから子どもの命も自分の命と同じだと考えちゃう。ところが西洋ではですね基本的人権は個人個人に所属するから、子どもと一緒に自殺するというのが割と発想も外なんです。

現実の社会では,保護者からの虐待や殺人によって子どもの命が奪われることがある。命というものは、自身を奪えない個人の資産であると見ることができれば、母子での無理心中という発想はなくなり、発想の外に意識が向いてくれるといいなと思う。

参照: https://youtu.be/nywfAnPRnjU

タイトルとURLをコピーしました