須賀敦子

【好きな女の人物誌】須賀敦子の生き方

わたしは、須賀敦子のことが好きだ。

「コルシア書店」「ミラノ霧の風景」などの作品で知られるエッセイストでイタリア文学者の須賀敦子。イタリアを離れ、日本に帰国後は、大学教授を務めるかたわら、イタリア文学の翻訳などを手がけた。60歳を越えて書いた、自らのイタリア時代のエッセイが、文学界に衝撃を与える。その文才と異国生活の清々しく鮮明な描写にファンは多い。特に読書好きの心を動かす作家のような気がする。

海外で生活をして、語学が堪能な人に憧れる。米原万里、ヤマザキマリもそうだ。それは、賢いという印象だけでない、その自由な価値観と感覚、そういうものが欲しいと思っているのだろう。

彼女の喪失感

特に私は、彼女が夫となる彼と出会ったときや共に暮らしているときの表現が好きだ。私自身も大切な人に出会うと途端に「別れ」という喪失感が同時に襲ってくる。心配性だという言葉で片付ければそれまでなのだけれども、同時に失うことを感じるときにその感情は熱をより帯びる。

「こんなに眠ってばかりいるのは、ただ疲れているだけなのだろうか。私の知らないところで、からだのどこかが蝕まれているのではないか。四年まえの秋にベッピーノと結婚したときから、日々を共有するよろこびが大きれば大きいほど、なにかそれが現実ではないように思え、自分は早晩彼を失うことになるのではないかという一見の理由のない不安がずっと私のなかにわだかまりづづけていて、それが思ってもいないときにひょういとあたまをもたげることがあった。夜おそくベッドで本を読んでいるときなど、先になついてしまった彼が長いためいきをついたりすると、もしかして突然そのまま呼吸が停まってしまうのではないかと息をひそめて見まもったり、仕事の帰りが予定より数分でも遅れると、事故といった具体的な理由を考えつく以前に、つかまえどころのない真空のなかを落下するような気分に襲われたりすることがあった」
(ヴェネツィアの宿)

江國香織の”落下する”夕方もこれと似た気持ちなのだろうか。この愛おしい人とともに過ごすことの非日常というか特別感が、失うことを不安がある心の動きを追うことで、いっそうありありと見えてくる。実際に、この心配は本当に起きてしまうからこそ、なおさら胸が苦しくなる。

本を理解することの重み

塩一トンの読書の冒頭ページのことばもとても好きだ。須賀さんの夫ベッピーのお母さんの言葉「ひとりの人を理解するまでには、すくなくとも、1トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」がタイトルのもととなっている。人を理解することの重みと、本を理解することの重みが、知ることにはある。実際に本を読んだ経験とすりかえて、私たちは本を読むことよりもそれについての知識をてっとり早く入手することで、お茶を濁しすぎているのではなか。「すじ」だけを知ろうとして、それが「どんなふうに」書かれているかを自分で把握する手間を省くことが多すぎないかという点だ。

今は早くに何かを知ることが重要視されている。調べれば何でも出る時代に人々は「しない」を最優先している。されど、何も「しない」ができないのも皮肉なものだ。ただ電車に乗って移動するだけができない、家の中で何もしないができない。

労働の考え方

「(労働は)高尚ではあり得ぬものなのでしょうか。あるいは又、われわれの精神の生活からは、つねに疑いの目を持ってみらねばならぬものあなのでしょうか」

受け入れがたいことを受け入れ、意に添わないことに従い、ノルマをこなすために耐える。それをしないと生活できないからやむを得ずに働き、その代償として給与が支払われる。現代社会では働くことは多かれ少なかれ、そのようなイメージをまとっており、「美しさ」「精神性」「高尚さ」などのことばで語られることはもはやない。労働の美しさをまっすぐに問うた彼女のことばは、効率優先の社会なんだから綺麗事は通じないなどという呟きをたちどころに色あせさせるほど毅然とした態度を放っている。

時代の変化を嘆くのでも、過去を懐かしむのでもなく、いま直面している現状を美しく生きようと願い、願うだけでなく行動を通してそれを実践しようとするまっすぐな心が「労働ははたして、美しくなり得ぬものなのでしょうか」という言葉を見るたびに鈴を振るうように私の心に響き渡るのだ。

帰国して、社会で、あるいは組織の中で生きることの窮屈をどれだけ耐えたか。目上を、先輩を、敬うことが前提で、個人の主張をどこか疎んじる社会を生きる時間。

「人間の誰もが、究極においては生きなければいけない孤独と隣り合わせで、人それぞれ自分自身の孤独を確立しない限り、人生ははじまらない」(コルシア書店の仲間たち)

日本社会での生きづらさ

須賀敦子は二十歳を過ぎたばかりのころ、すでに自分自身の孤独の輪郭をたしかめていた。ヨーロッパの人間と渡り合える孤独はしかし、日本社会ではあまり用のないことだった。

うやまうように振る舞い、ことばをあやつるうちに、個人の輪郭はうすぼんやりとする。須賀敦子は個人が集まる共同体を望んだが、うやまうことで成り立つ日本の共同体にはほとんど求めるものはなかった。文学には尊敬も謙遜もない。彼女が本を書き始めたのは、孤独さをもう一度言葉で確かめたかったのかもしれない。

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