サンドロ・ボッティチェリ

ヤマザキマリのボッティチェリ論

『テルマエ・ロマエ』で日本中を抱腹絶倒させた漫画家・ヤマザキマリさんのトークイベントを開催いたしました。イタリア在住で、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史と油絵を学んだヤマザキマリさんのボッティチェリ論は必聴です。

【講演タイトル】 「輪郭線を描く画家ボッティチェリとその周辺」

【日 時】 2015年4月22日(水) 19:30〜21:00

以下、書き起こし(一部活字として読みやすいように編集)

自己紹介

まずあの今回ここに来た始めて一番最初に感じた印象が、「まあよくこれだけのボッティチェリを集めたな」ということと、あの私なんせこのボッティチェリの絵を見ていた時期っていうのは非常に貧しかったひっちゃ貧しかったとかシーンですけど一年生で貧乏学生をしていた時代なので、まあ家にいない時以外は美術館に来て模写をしているとか、絵を見ているとかいう時間が長かったわけですね。

なので例えばボッティチェリの『受胎告知』であったりとかウフィツィ美術館にあるような絵を見ていると、「これから帰ったら電気も水道もガスも通ってないうちに行かない行くのやだなー」みたいな気持ちがまたよみがえってきて、不思議な効果だなと思いました。ここがまるで渋谷の文化村じゃないみたいなそんな錯覚に陥りましたけども。

紹介いただいたように私は今漫画家という職業をしておりますがもともと1984年から1997年くらいまでイタリアのフィレンツェにおりまして、そこのアカデミア美術学院というところで油絵をやっておりました。そんなのフィレンチェという町でまさかその当時私が将来漫画家っていう職業に転職と言うとおかしいですけど、そういうふうにペンを持ち替える日がくるなんて想像もしていなかったです。 漫画家になってまず思ったことは、こんなにルネッサンス期の経済的に非常に裕福だった時代の画家の工房がたくさん存在したフィレンツェと漫画という文化が活発ですけれども、そういう状況の日本との類似点ですね。 本当にそっくりだなと思いました。

ボッティチェリに関して私はの実はいくつか先生に模写をさせられていまして、もともと専攻してたのかの写実の人物がということもあって、特に北欧の作家が多かったんですけどボッティチェリはちょっとやってみろと言われて、『ミロのヴィーナス』の遠近法を全部寸法を測って、まんま転写するということもしてみました。ものすごい時間がかかりましたけれどやはりでもそのことが、画家のことをよく知るには模写が一番なんですね。彼がどういう顔料を使ってたとかどういうテクニックを使ってたか、どうしてこういう構図にしたんだろう、なんでこういう顔なんだろボッティチェリに関しては何枚か描くうちに自分の描く顔もだんだんボッティチェリみたいな顔になってちゃったんですけど(笑)

好きなボッティチェリ作品について

人物像について

私はやっぱりにボッティチェリは後々まあ非常にメディチから寵愛を受けるんですけれど、パトロンとあのが彼の関係でもすっごい酒飲みだったみたいだし、いろいろな意味でだらしない男部分もあったらしいですよ、ボッティチェリっていう人は。でもいい意味でだらしなかったんですね。それは非常におおらかで、例えば絵を描くことでお金が入りますよね。そういったお金は全部工房のざるの中に入れとくんですって。それでその画家のあの弟子たちにを何かいるんだったここから使ってていいよみたいな感じでどんどんそこからお金を取らせていたりとか、あととにかくすごくおしゃべりが上手で一緒に居ると楽しい。絵も上手だし、考えていることも楽しいし、しかも大酒飲みだし、ごはんも大好きだし。まあちょっと太めだったらしいんですけどおしゃれだった。

ボッティチェリはたまに自分の全身の自画像を描いたりしてますけど、1人だけ目立つ服装を着たりしてたりしますから。こんなとこで自己主張しちゃってみたいなね。でもそういう面からして、やっぱりあの当時に賞賛されてた万能人。よくレオナルド・ダヴィンチばかりが万能人としてスポットを浴びるけれども、レオナルドはどちらかというとすごくマニアックなところがありますよね。でも ボッティチェリは非常に時代の風潮にきちんと溶け込んでイケてる、周りとも合わせる、でも自分の思想も持っている 。だからその辺は非常に多元的にフレキシブルに対応できていく、マルチタスクな感じの男性だったんじゃないかなというふうに思います。

画風について

まあそんな彼が頭角を表して有名になる前の作品も(展示には)いくつかあるんですけども、彼が21歳ぐらいの時に描いたフィリッポリッピの工房にいた時の絵があって、それがまだボッティチェリの絵ともフィリッポリッピの絵とも判別がつかない「これだ誰の絵?」って感じの絵なのですごい面白かったんですね。

これはあとで皆さんによく見ていただければなんとなくわかると思うんですけど、ボッティチェリの絵って今回のテーマでも扱ったように輪郭線を描くんですね。模写をしてる時に気がついたんですけど、薄くですがスフマート画法というのは、レオナルドの時代にどんどん主流化していきますけれど、 ボッティチェリは輪郭線を描くことによって、よりリアルに具体的に、その対象物が浮かんでくるっていう画法を生み出した人なんですね。 それは誰も真似していなくてボッティチェリしかやってないんですけども、その時点その点がなんかこう二次元的で日本絵画をやっている人間には非常に「なるほど」と思わせるんですけれども、それによってと妙な3 D感が出ないんだけども、3 D感が出ていながらずさらにまた二次元的な不思議なイメージがこう湧いてくるっていうかね。ちょっとそれは留意して観ていただいてもいいのかなと思うんですけど。

作品について

これはですね『回廊の聖母』と名前がついてますが、まだ21歳ぐらいのときのボッティチェリ。顔がすごいキレイで美しいですよ。まだその俺スタイルというのを確立していない。あまり見かけることがないですね。そこにあるのは『キリストの降誕』ですね。キリストが生まれた時なんですけど、なぜそれがいいかというと中心にはキリストが本当は主人公じゃないですか。でもまるでロボと牛が主人公みたいな絵ですよね。それでロバと牛がとてもいい顔してて、わたしはやっぱり動物が脇役で描かれることはよくあるんですけどこんなに真ん中にドカーンときているような絵はなかなかないので、非常に自然との調和であり慈愛でありキリスト教的な境目のない隔たり境目のない愛というのが全体的に非常に優しい形で伝わってくる絵だなというふうに思いますね。

フィレンツェっての本当に都市ですから、街の中にいる限りは今の東京の都市にいるのと同じように自然と接する機会がない場所なんでね、だからああいう絵を見るとほっとする人たちもいたんじゃないかなというふうに思います。

経済と絵画のつながり

経済が潤わなければやはりいろいろな文化というのはは発達していかない。「困窮している中で絵を描けって言われても無理」っていうのは私は自分の身をもって知りましたが、でも最終的にまあ困窮しているからこそ出来上がるものもあります。

例えば締め切りが生み出す創造力ってのもあるんですよね。ワーッとたくさん描いていく。そういう状況でしか生まれてこない作品っていうのは当然あると思います。多分その話が合うのは今の漫画家と昔のルネサンス作家同士だけ。本当にタイムスリップして交流できたらいいなと思うんですけど、まあ「お前たちはまだペナルティを払わないだけマシじゃないか」とか言われそうですけども(笑)

本当にね、世知辛くて。昔の画家工房の帳簿とか国立博物館に残っているんですけど、するとね皮算用しているんですよ。払われてもいないお金を計算して、あれ買ってこれ買ってってやめたほうがいいのにってね。その後どうなったかわかりませんけど、情けないような面白いような素敵なような不思議な感覚に陥ります。

そんな中でやっぱりそのフィレンツェというのがっていうのがどれだけ経済力を持っていたかということですが、すこし違うかもしれないけど、イタリアの今の至りにドバイがあったような、シンガポールがあったような、むしろだからシンガポールなんてねもいろんなところから絵画を買い付けて来て、キュレーターも素晴らしい人たちがたくさんいるし。ただやっぱり絵画がもたらした経済力っていうのは、いいものをどんどんどんどん取り込んでしまうから、どこからかやはり破綻の時が来るかもわからない。

フィレンツェというのはそういう時期をしっかりと迎え入れて、そしてサヴォナローラと呼ばれた、まあどんな時代にも、古代ローマもそうですけども、 何もかも絶好調に入ってる時点で本当にこれで人々はいいのだろうか、経済が潤っている反面で必ず底辺の方にいる人たちもそれは明らかに存在するわけですからそういった人たちの怨恨であったりとかを蔑ろにできない 。そこから派生してくる僧侶もいれば宗教的思想もあるということで、ボッティチェリに限らずいろんな人たちがそのサヴォナローラという思想に巻く巻き込まれていって、これだけ美しい色彩でいろんなものを彩り豊かに描いていたものがどんどんそこに吸収されていってやがては自分の絵まで一緒になって、「こんな絵を描いてしまった俺はばかやろう」とかするくらいの影響力があった。

やっぱりお金っていうのは非常に影響力も強ければ、なくなった途端に人っていうのは茫然自失状態になるぐらい非常に危険なものでもあるということをルネサンスを学んでいると感じるところがあります。

ボッティチェリ以外の絵のこと

ところでボッティチェリも面白いんですけど最初の方にあった『高利貸しの絵』。あれはすばらしいですね、特にあの右側にいる人の口のつり上がり方が「漫画でしょ、これ」っていう漫画でしかやっちゃいけない表現を絵画でしているっていうね。

でもあれぐらい高利貸しっていうのはもう本当にこすい人たちだったんだなと。ちなみに今。こういう話題だから自慢をしたいことが一つあって。

私は貧乏でしたと、モンテディオペー二という創業1100何十年というですね質屋銀行があったんですね。そこに持って行くとお金と取り替えてくれるんですけど、たくさんの私のいろんなものがそこで流れました。

それは長期の時代にわたってルネサンスの人たちがやっていたのと同じことを自分もやってるんだなぁと思ったら流れたものも悔しくないなぁという気持ちを今なぜかここにきて感じることがございましたけれど・・・

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