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情緒不安定な人に必要なのはさらなる情緒なのかなと思うわけね

国家の品格(新潮新書)から思うこと

・人間の理性には限界があるので一元化されたものしか理解できず、本質は伝わらない

・最も重要なことが論理というのは誤っている。説明は不能なことだってある

・論理には出発点が必要であり、出発点の選択は論理ではなく人間の情緒にある

国家の品格 新潮新書 藤原 正彦 (著)

だから情緒がなくて論理的な人は最悪ってわけだ、どうしたって伝わらなくなる。純粋理論は0か1かの二者択一の世界だけれども、世の中には絶対的な正しさも間違いも存在しない。だから論理では人間社会の深淵に到達できない。

橋本治いわく男性の理論というものは存在している。

男の周りにある外部システムが、それに同調した男にはメリットを与えるような仕組みになっているからだ。会社人間という日本的なものが生まれてしまったのは、戦後の日本で「会社」というものが、それに従う男に最も分かりやすいメリットを与えたからだろう。別の言い方をすれば、世の中は男に都合のいいように出来ていて、それは世の中を構成する論理が「男のもの」だからだ。それで女達は、あれこれと文句を言うし、それがめんどくさくなった女は「男の論理」を無視して勝手に生きて行く。(P 92『父権制の崩壊あるいは指導者はもう来ない(朝日新書)橋本治』

論理には出発点が必要であり、出発点の選択は論理ではなく人間の情緒にあるともすれば日本の男の論理の出発点の情緒ってどんなものだろうか。

そもそも今台頭して女の論理を振りかざしているように見える人たちが戦っているのは、一部の男の論理であって、その男の論理というのは情緒が出発点だとしても、浅ましい情緒を出発点としている。そのため、その男の論理と対等に生み出される女の論理というのも浅ましい情緒(憎しみ、怒り)によって生まれているように思う。

欧米の思想を多く取り込んでいるとして、キリスト教を考えてみると、イエスキリストは平等なんだけど、弟子はマリアに嫉妬して女は罪深いやっちゃのうとなったのではないかな。すべてを「男のもの」にしないと保身できなかった、何もなさにあったのではないだろうか。女が持っていた、持っていたように感じたのではないだろうか。

わからないけれども忌み恐れられた? 女性が男性を生んだのは当然として、その後アダームという人間ということばは男性を表す言葉となった。それほどに自己保身をしなければ、自分に与えてあげなければ劣等感があったのではないか。欧米思想で考えてはいけない。

キリスト教が伝統思想であるということは、そこにある考え方、たとえば女性観なども広く一般的に共有されてきたということである。一宗教における考え方ではあるのだが、日本人がその言葉の意味のままに捉えては問題が矮小化してしまう。日本における宗教とは別物として捉えなおさなければならない。そうすると、この小説がいかにショッキングなものであるかが見えてくる。本や映画を取り巻く現実の教会のアレルギー的な反応にも納得がいく。(参考サイト

女の理論に必要なのは情緒だと思うわけで

欧米の理論の起点となっている、自由、平等、民主主義。論理の罠に囚われないために必要なのは豊かな情緒であり、その情緒を育む教養というのは、数学や文学などの目先の利益にとらわれない、利益に直結しない営為であって、そういうことに夢中になる人間が多いほどその国の懐は大きく、国際的な尊敬を集め、最終的には国益が有益にかなう。

”これを読めば「教養」が全部つきますという本を読んでもしょうがない。つまり教養には、「ないと恥ずかしいから、身だしなみとしてマスターしましょう」という形のものもあるわけですよ。でも俺は、その「身だしなみとしての教養」に関しては拒絶したの”

”日本で「教養」というと、「これが教養です」という一本しか柱がないけど、教養という柱は10本でも二十本でもあっていいじゃないかと思うわけです。教養っていうのは、その中に「いいもの」を隠している柱だと思うけどね”

この柱がないと、人は倒れてしまう。その柱というにが人間の尊厳と言われるものであると思うし、そういう人間の尊厳というのは取り戻すことができる。

”書いたり読んだりといった知的な作業には、人間の尊厳を取り戻す力がある。感情をぶつけられるからではなく、冷静に客観的に自己と周囲を観察する機会になるから。”(斎藤美奈子『文学的商品学』)

世間の教養とは別の自分なりの教養が必要で、それが個性であってその人の人情であって、世間の教養が求める消費でも経済でも論理でもない。(どうしても、情緒がない)

「数学に最も大切なのは、情緒である」と話していた岡潔は文化勲章の授賞式で「数学を研究することは、人類にとってどんな意味があるんですか?」という記者の質問に「野に咲くスミレは、ただスミレとして咲いていればいいのであって、そのことが春の野原にどのような影響があろうと、スミレのあずかり知らないところであります」。

岡は数学者でありながら、日本人にとってイチバン大切なのは、情緒だと言い続けた。情緒が個性をつくり、個性が共感を生む。だから、私が時間をかけて見つけないといけない女の理論というのは人間的情緒である。

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