LGBT理解増進法案について

メモ。

バッシング。振りかざす道徳。バックラッシュは当時としては新しい構造で、政府が草の根保守の人たちがいて、オンラインで面白半分でバッシング。ネットウヨがいて、両軸で女性運動への攻撃。アンチジェンダームーブメント、主張が一致していない複数、性教育、権利がターゲット化されて攻撃される。日本の場合は、性教育が出てくる。このときに過激な行き過ぎた運動を攻撃。この行き過ぎの脅威として、男か女かわからない、バイセクシュアルがうまれる、行き過ぎの先には恐ろしいLGBTQが生まれるという議論の立て方。

性自認を認めると馬鹿げたことが起きる、、、バックラッシュのパターンが踏襲されている。女性運動やフェミニズムがLGBTQにつながるわけではなく、社会の多数はからみたこときに、恐慌を煽りやすいことを一般的な差別を押し戻していくこと。日本では20年前に、バックラッシュに顔の一人だった。まったく同じアクターをまたやっている。今回、反対する側というのは、今回と同じように押し戻して人権保障をするのか、具体的な一歩を踏み出すこと。

失言ということではなく、本人が意図しない形ではなく、自覚的に怖いものとして、極端なものとして攻撃。家族制度を温存しようとする。例えば、トランスジェンダーへの攻撃。風呂の区別がなくなる、など。反論することで、恐怖の議題に乗っかってしまう。

ニュースを通して、いきなり巻き込まれている感じ。知識が足りない中で眺めていると、理解はいらない。他人のことはわからないことが当たり前。それなのに、理解を求められる、それが啓蒙や教育によって、内心に踏み込んでいいのか。行為としての差別はあってはいけないけれど、内心に踏み込むことを知らないところで話が進んでいる感じがする。わからない以上、反対の気持ち。

増進法の問題点。そもそも性的マイノリティ。理念法となると、2015年から今必要なのかというよりも、差別を禁止するべき。ただ、政治状況を見た時に差別を禁止する法律が難しい状況のなかで、なんらかの施策がある、自治体の調査があると、使い方によっては前進するかも。でも不適切な理解や、後退する部分もあるのではないか。置き去り感と分断。自分のなかで、どういう意見をどう使えばいいのか。何もないのか、後退するのか、葛藤が生まれる。政権が変わる可能性、求めている実効性のあるものではない、この状況のなかで明日の生活を変えるために。

バッシングは様々なところであって、この法律ではすぐに抑止できない。今必要なのか議論が必要か。

アクティビストとは立場が違うけれども、問題が大きい。実効性の問題。実効的ではないけれども、実効性があるかという点で、変な実効性が出るのではないか。イメージしているのは、20年前の男女共同参画。理念を広めていく形で、日本各地にできたけれど、婚活イベントをしている。女性の実際の社会的な不平等に役に立たない。イベント、派遣企画会社は儲かるけれど、性の向上にどこまでつながるかという点で不安。理念法としても問題があって、わたしたちが理解すべきなのは、LGBTQの人たちではなく、社会を構成する人たち全員に差別がないようにすべき。差別が存在していることを理解すること。今回の形のように理解増進法だと、本来必要な社会に必要な不正から目をそらしている効果がある。

法案の目的のなかで、寛容な社会。寛容が何か、過失のある人をしょうがないから認めること。別に過失のある存在だから認めてくださいいうわけではない。かわいそうな、変な人たちを受け入れてほしいわけではない。

法案への期待は。自民党サイドのアクティビストは、一口で語りにくいけれど、当事者がどこまでコミットしていたのだろうか。アクティビストはリベラルが多いので、そういう中で自民党に寄り添う人たちを作っていこうとして、理解増進会をつくたり、その人たちを当事者の声としている。リベラルだけが当事者の声ではない。通常の当事者の多くの人たちが主張してきたものとは違うものを紹介。立法を後押ししている。

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