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もうそこまで来た紙の終わり

教科書で勉強する子どもたちに、レシートを見て想像より長くなった買い物に、タイムシートを入れて今日の時給を換算する人に、生理に、おむつに、新聞に。雑誌に。家族の周りにあった紙の終わりが、その人生のほとんどを変えていくのかと不思議な気持ちになった。

コロナが来て、デマが流れてティッシュペーパーや生理用品がごっそりドラッグストアからなくなった。排気ガスでマスクをつけて、マスクのおしゃれが主流に、オイルショックでトイレットペーパーがなくなる、その全てが繰り返しのように思われた。けれどあの時代と違うのはデジタル社会だ。デジタルがデマを流して、データのほうが良いとされ紙が終わる時代が訪れた。そんな中でも私は紙の仕事が好きだった。でもくじけた。不愉快な東京での仕事であったと言えるだろうか、勝手に自分で出版の終わりに区切りをつけて、こんなにも煮詰まった東京から出ないといけないと北海道・札幌に来た。正直どこでもよかった。東京から離れようという一心で私は札幌に来た。

新聞や本屋というのはそこにあるだけで影響力がある。同じような本が所狭しと並び、インターネットが産んだトレンド通りにしか並ばない紙の塊。引っ越しのときに一番邪魔で重いのが紙の本。そんなものを生み出す私の仕事も嫌になった。モラルハザードが起きやすいシステムなのか、会社はブラック企業が多い、朝から夜まで働いた。夜中3時まで働くこともあった。それで私は2年でいけなくなった。同時に本屋にもいけなくなった。仕事を辞めてから、一緒に仕事をしていた編集者の人が私の企画と想定したイラストレーターで本を出していた。

1920年から釧路市内で創業していた日本製紙の釧路工場がペーパーレスかなどを理由に8月で紙生産を終えることになった。新聞社、出版社のほとんどを占める東京から遠く離れた北海道の地で紙の終わりの未来が始まった。だれもが「紙」は終わると口々に言っていたけれど、こうも実際に目の前に事態が深刻に進んでいることをわかっているだろうか。行政の手続きのおかる押印・書面の見直し規制も行われている。印鑑を求める書類提出が無くなろうとしている。

従業員のほとんどを高卒から働く地元の出身者が占める。500人以上が、転勤か転職か、不安募る年末となり、来年への選択を迫られている。道外勤務もできる、家族と離れて転職するか釧路で新しい仕事を始めるか。年明け以降に苦渋の決断を迫られている。

働いている人たちは50代。これから新しい仕事を決めないといけないということが、今の20代の私には想像ができても50代になっても想像できるだろうか。世代間ギャップは埋められないと良くいうけれど想像にたやすい。故郷でいつも過ごしてきた中で、何かそこからアップデートできていない大切なものだってあるはずだ。その日、優しく降る雪を見つめて途方もなくなった。結婚もして、子供ができて念願のマイホームを立ててこれから親の介護だってはじまるときに、会社が製紙事業を撤退することを表明したことで人生設計が大きく狂いだす。子どもの教育環境を変えたくないという妻の意向や、母の介護もあり、道内に残ることを希望するけれど、難しいことだって多い。来年高校受験、父親の勤務地が決まらないと進路も決められない子どもだっている。

そういう紙の未来の終わりというのは、個人、家庭の人生だって大きく変える。情報社会ってなんなんだろうか。紙であれデジタルであれ、何かが終わったり始まったりする他人の人生のことまで首を突っ込むことができるのである。

<追記>

紙の終わりというと、連想するのはレイブラッドベリの『華氏451度』だけれども、焚書・坑儒も思い出す。

中国の秦の始皇帝が行った思想統制策。前213年、実用書以外の儒学などの書籍を焼き(焚書)、翌年、儒学者を含む学者を生き埋めにして殺害(坑儒)したとされる。

 秦の始皇帝に登用された法家の李斯は丞相(大臣)に上りつめ、前213年、秦の統治に批判的な儒家などの書物を焼き払い、拒否する学者は死刑にすることを提案した。李斯の儒家弾圧の根拠は、儒家は過去の時代を理想化し、現代を批判して人々を惑わしていること、皇帝の出す法令に批判を加え、その権威をあやうくしていること、などにあった。(参照
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