Billie Eilish – NOT MY RESPONSIBILITY

Billie Eilish – NOT MY RESPONSIBILITYを観て感じたこと

言わずと知れたアメリカの大人気シンガー、ビリーアイリッシュの新曲でありショートフィルム『NOT MY RESPONSIBILITY』が公開された。本人が淡々と語るモノローグが流れている映像の中で、ビリーは一枚ずつ服を脱ぎ捨て、黒いブラ1枚の姿に。そしてそのまま、真っ黒な水の中へと沈んでいく。

この短い作品のなかで、ビリーが伝えるメッセージは、つねに彼女が浴びせられる自身への体型批判、そしてすべての女性の性的被害への警鐘である。

ビリーは自分の体型に大きなコンプレックスを抱え、 体のラインが見える服が大嫌いだった。 ミュージカルに触発され、 有名はダンススクールに入ったビリーだったが、 ダンスで着用する体にフィットする服を嫌った。 そのころのことをビリーは「たぶん、 人生でいちばん不安定な時期だった」とも語る。<参照サイト

性的な目で見られないように、胸元を隠そうと猫背になってしまったり、胸の膨らみを押しつぶしたり隠そうとしたりした経験がある人はいないだろうか。胸が大きい、小さいにかかわらず、女性の身体的性別というのはその人の責任ではない。当たり前に違いがあり、持って生まれたものだ。そういう意味で、ビリーアイリッシュのショートフィルムのタイトル『NOT MY RESPONSIBILITY(私の責任ではない)』と通ずるものがある。

全員とは言えないものの、男性には気づかない部分で認知のゆがみがある。「性犯罪を犯すくらいなら性風俗に行く方がマシ」といった発言はゆがみの典型のように思う。女性を見下した思考や心理のなかでも、被害者は誰もいないように感じているのだろうが、 「もし傷ついている女性がいるかもしれない」という想像力が一つでも欠けていればそれは加害者と同等のもの である。

女である私自身、ボディラインのわからない服を着ていた彼女が脱いでいく姿に、いつもとは違う彼女の姿に興味が湧く気持ちと、嘆く気持ちの両方があった。彼女が常に晒されている恐怖に対する気持ちが少しわかったような気がした。

「私がサイズの大きな服を着ているのはそういう理由よ」とビリー・アイリッシュは映像の中で語っている。「誰にも意見を言われることがないでしょ。だって、彼らはその下にあるものを見ていないんだから。誰からも『スリムな子』だとか、『スリムじゃない』、『お尻が大きい』だなんて言われることはない。誰もそういうことは言えないの。だって、知らないんだから」

ビリー本人は「一度でいいから、女の子らしい格好をしてみて。タイトな服を着たほうが可愛いし、その方が似合う」といった発言をよくされるのだという。どんな事情があろうとこれははっきりとした男尊女卑・女性差別である。SNS社会においては、女性を性で支配したいと思う男性の欲求や、性暴力表現を垂れ流しにする行為自体を本人に責任追及することができない。その結果、男尊女卑思考が刷り込まれた社会では認知の歪みが是正されず、一人の男性が社会生活の中で自ら学習することはできず、加害者は再生産され続ける。女性の尊厳を踏みにじるよう人がそのままの状態にされている状況は、今だけでなく今後何十年にわたって女性の人生と社会に影響を及ぼし続けるだろう。

世界中で10代の女の子がレイプされ、殺される事件が相次いでいる。このような時代に彼女はネットというメディアを通じて、自らが感じる恐怖を発信している。かげに隠れているレイプカルチャーに自然と浸っている 男性たちの心理や思考から逃げるためには、ひた隠しにするしかない女性もいるのだと。 

最近では女性が発信するハッシュタグ#MeTooに応えて、男性たちがハッシュタグ#HowIWillChange(自分はどう変わるか)を使い始めているという。性被害を否定し、矮小化し、性的消費する自分から、男性たちがどう変わるか。男性たちが悪いと一概に言いたいのではない、そのような社会があるのだと、それに傷つく女性がいるのだと、知ることでわたしたちは大きく変わっていく。発信力を持つ10代が伝えたいことは、世界中の多くの人に伝わっているように感じる。

<参照>

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