最貧困女子

最貧困女子、ユダヤ人と女

 

鈴木大介『最貧困女子』(幻冬舎)を読んだ。

あらすじ

働く単身女性の3分の1が年収114万円未満。中でも10〜20代女性を特に「貧困女子」と呼んでいる。しかし、さらに目も当てられないような地獄でもがき苦しむ女性たちがいる。それが、家族・地域・制度(社会保障制度)という三つの縁をなくし、セックスワーク(売春や性風俗)で日銭を稼ぐしかない「最貧困女子」だ。可視化されにくい彼女らの抱えた苦しみや痛みを、最底辺フィールドワーカーが活写、問題をえぐり出す!(Amazon

ユダヤ人と女

心外ではあるのだけれども、作中に出てくるデリヘル店長と似た考えをしてしまっていた。表現は違いといえど、女性とユダヤ人についての類似点は私も抱いていた。私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)を読んだ時に感じたことだった。

P150

後日、このデリヘル店の店長に、一連の取材で感じたことを全てぶちまけた。週一デリヘル嬢、Wワーカーで一般職と兼業のデリヘル嬢などが増える中、元々風俗業界にいた「そこでしか生きていけなかった」女性はどうなってしまうのか。すると店長は、「なんでユダヤ人のノーベル賞受賞者が多いのか知っていますか?」と、謎の回答。だが聞き勧めると、それはセックスワークのプロならではの、シビアな話だった。

「あのですね。ユダヤ人と夜職の女は似ているんですよ。どういうことかと言うと、ユダヤ人ってのは、何千年も前から自分の国を追い払われて、どこに行っても迫害されてきた人たちですよね。そういう歴史の中でユダヤ人が見つけたのは、金や土地なんてものは、侵略されたら奪われておしまいってことなんですよ。だから彼らは、他人が奪うことができない知識とかを、宗教の中にシステムとして組み込んで、一生お勉強って習慣を当たり前にしました。ノーベル賞多いの当たり前なんですよね。でもこれ、女と同じなんですよ。女によって、最後まで奪われない財産って何ですか? 女であることですよね。風俗でトップの子らがどのぐらいの努力してるか知ってますか? ファッション誌全部目ぇ通して、メイク勉強してエステしてジム通いして、そうやって女の子は『誰からも奪われない女力』を磨くんですよ。女が女を磨く理由は、それが保険だからなんです。そうやって頑張っている子がいるから、店の側も必死にサポートできるんじゃないですか」

自尊心、自己肯定感といま流行りのように言われることは、女性が欠如しやすいと感じる。年齢とともに失う若さと同様、女性としてのあり方に戸惑うことは仕方がないけれども徐々に自分を失っていくようなそんな感覚を得る人もいるのではないだろうか。

女性の誰からも奪われない力が女力というのは納得がいかない。わたしは何よりも知識だと思うから。

貧困と貧乏は違う

P49

随分と前のことになるが、年越し派遣村などを引いた湯島誠さんが「貧困と貧乏は違う」と発言していたことがある。貧乏とは、単に低所得であること。低所得であっても、家族や地域との関係性が良好で、助け合いつつワイワイとやっていれば、決して不幸せではない。一方で貧困とは、低所得は当然のこととして、家族・地域・友人などあらゆる人間関係を失い、もう一歩も踏み出せないほど精神的に困窮している状態。貧乏で幸せな人間はいても、貧困で幸せな人はいない。貧乏と貧困は別物である。そんな言葉だった思う。

あまりにも1人で生きていくこと、自立が叫ばれると、自分1人で生きていくことが大切であることに"過剰に"偏ってきてしまう。そうすると、人に助けをもらうことができずに孤独でしあわせが逆に遠のいてしまう。自立と孤独というのが拮抗している。

東京は家賃が高いし、自分をよく見せようとするとメイクに服に、美容室にエステに脱毛に物価もかかる。家族・地域からは離れて、友人とも離れる。でも"自立しないといけないのだから、誰かに頼ることは良いこととされない"。

そうすると、どうしてもひとりになる。なりたくなければ、そばにいてくれる人が欲しくなる。さらに結婚であれば女性としての自立であるとみなしてもらえる。世の中の女性は、社会に求められている自立に向けたできることとして「恋人探し(結婚願望あり)」をしている人が一部いるように感じられる。

だけど、家族、地域、友人から離れてきた自分というのは、自尊心が低くなる。そうすると、今まで助けてもらえなかった気持ちはたった1人の恋人に向けられる。そうするとよく言う、相手に依存する、自分のない重い女になってしまう。

そうすると誰も助けてくれない、そしてゴミ扱いのような扱いをされる女性が生まれてきてしまうのではないか。

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