岡山県議会、選択的夫婦別姓に「反対」 意見書案を可決

岡山県議会「選択的夫婦別姓に『反対』」発言について

岡山県議会が、「選択的夫婦別姓に『反対』」発言をしたというニュース。札幌地裁では、同性婚反対に違憲が出たが、地方で動きが違う。地方性というよりは、地方議会と裁判所の違いもあるのだろうけれど。

別姓制度について「親子で異なる姓を名乗ることは、子どもの福祉に悪影響を及ぼすことが懸念される。拙速に導入すれば、国の将来に大きな禍根を残しかねない」などとし、別姓を認める民法改正をしないよう求めた。岡山県議会(意見書にて/2021年3月19日)

選択的夫婦別姓に『反対』する点も当たり前に疑問であるけれど、それ以上に疑問を感じたのが、記事が掲載されたYahoo!ニュースコメントの、「多様性を認めることは幸福感が薄まるということ。愚衆に迎合しない態度は立派。」「岡山県議会、マスコミ等の意見になびかず、頑張りましたね。拍手。」というコメント。

これらの人々は岡山県民を代表して発言しているのだろう。閉塞的な地方臭をぷんぷんさせることに何かプライドでも持っているのだろうか。まあそれは置いとくとしても、「多様性を認めることは幸福感が薄まるということ」。この発言の構造には、多様性=不幸、単一=ハッピー!サイコー!という、単一民族国家に対する優位性を感じる。

これで思い出されるのが、

「2000年の長きにわたって、一つの国で、一つの場所で、一つの言葉で、一つの民族、一つの天皇という王朝が続いているのはここしかない。いい国なんだなと。これに勝る証明があったら教えてほしい」

この発言は、未曾有(ミゾウユウ)おじさん、麻生太郎財務相の発言である。なぜ、彼らは「日本は単一民族の国」=いい国だと考えるのか。グローバルで多様性を受け入れる時代に、時代錯誤もいいところだがこの発言の語られざる意図としては、小熊英二慶応大教授が述べている。

「麻生発言」で考えた…なぜ「日本は単一民族の国」と思いたがるのか?

 「一つの……」という言葉や考えがお好きなのは伝わるが、これが「いい国」の「証明」になる、という論理はよく分からない。ついでに言えば「一つの……」を麻生氏が連呼するテレビニュースを見て記者が思い浮かべたのは、ナチスが1934年のニュルンベルク党大会で掲げたあの有名な標語「一つの民族、一人の総統、一つの帝国!」であった。

「日本はずーっと単一民族」「どこが不適切なんだ? 日本は一つの民族だろが」「日本人は一つの民族っていう仲間意識の表れなんじゃない? それを否定する人って日本人じゃないよね? 日本嫌いなの?」などなど……。

この日本の単一民族国家に対して、優位性を感じている点に対して、疑問を持たないことは問題だ。現在の日本のどこが単一民族国家だというのか。

コンビニ店員で海外の人を見ないことはないし移住の数はその数300万人以上。すでに日本は移民社会だ。急増する外国人労働者と向き合おうともせずに、国際的な運動としてのオリンピックを開催しようとする日本政府には甚だ怒りしか感じない。国際社会に媚びたって、墓穴を掘るばかり。日本の中年じじいばばあに、私たち若年層の個人の選択を委ねるわけがないだろうよ。

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