皇室ニュース

[女性のニュース]「欧州王室との比較で見た皇位継承」書き起こし

日本の皇位継承を考える上でも大変有意義なお話だったので、Youtube動画より書き起こしさせていただきました。

私はむしろ現代もしくは現在のですね、皇室というものをヨーロッパ王室との比較からちょっと考えていきたいというふうに思っております。

日本の皇室は非常に古い歴史を持っておりまして、今現在世界にある公立の中の最も古い歴史を持つようになりました。

ご案内の通りですね、今から120年前ぐらい。すなわち19世紀の末にはですね、実は世界の大半も世界のもう半分以上が実は帝国あるいは王国の植民地で占められていたわけなんですと。

ところがですね、それが本当に少数派になってしまった。

そんな中でですね日本っていうのは20世紀の歴史の中でまぁ稀有な存在です。

すなわち、なぜそれだけ昔の王国帝国がなくなったかというと、いわゆる第一次世界対戦。ちょうど昨年が終戦100周年だった。1914年から18年のこの戦争がいってみれば史上初めての本格的な総力戦、すなわち国家総動員ですね。

まあそれまでは本当にプロの軍人同士が戦ってた。それがもう老若男女全ての国民を総動員して戦う。その結果負けたらもちろんその責任はトップに行くということで、ご存知の通り第一次世界対戦の後はハプスブルクも崩壊しました、あるいはオスマン帝国もドイツ帝国もなくなる。そして戦争中であの負けていたのも理由になりますが革命でロシアもなくなるというように巨大な帝国がどんどんなくなって皇帝がいなくなります。

それから第2次世界対戦は今でイタリアもですね、結局戦後に共和国になってしまうというような中で、実は日本だけがですねこの2つの世界対戦の中で負けたんだけども、(一次大戦では勝ちましたけど)、二次大戦では負けたんですけど、なんと君主制がそのまま残ってしまった。

そういうようなことからもやはり日本の天皇制あるいは天皇という存在が稀有なんじゃないか。そういう側面もあると思います、ただし当然比較も可能であろうと。

とりわけ大正天皇の終わりの頃にやがて摂政皇太子になりました、寛仁。大正10年1921年にはヨーロッパを列強しました。その時に非常にお世話になったのがイギリスのジョージ5世。今の女王陛下のおじいちゃんですね。

彼から非常に接遇されると同時に実を言いますと、本人にはお会いしていないんですが、今の上皇陛下・明仁皇太子もですね、実は皇太子時代にまさにそのジョージ5世について外交官で歴史家だったハロルドニコルソンという人が書いた『ジョージ5世伝』という英語の本。これを小泉信三さんと一緒に結婚するも1週間前までですね、実は英語でちゃんと読み切った。ということで非常にこのジョージ5世から大きい影響を受けている。

ですから、はからずもジョージ五世という人が、明仁・寛仁という2台の天皇に非常に以上に大きい影響を、まずはもちろん立憲君主としてどうあるべきか。これはのちになって、天皇になってから記者会見でも実際お二人とも述べているくらいなんです。

ですからそれぐらい実際にはイギリスあるいはヨーロッパの立憲君主制というものは

大きい影響を与えていたわけです。

しかし、日本も含めてですね今ではもう立憲君主制をとっている国というのはだいたい今世界国連加盟国193カ国ですがもう28カ国になってしまった。

イギリスの君主であるエリザベス女王は、カナダの女王でもあり、オーストラリアの上でもあります。嶺連峰王国の女王でもある、これは10カ国他にありますから、それを合わせても43ですから、もう全体の5分の1くらいになっちゃいました。

じゃあもう君主制っていうのは滅びるのか、世界から消えてなくなってしまうのかという

とそうでもないんじゃないか。とりわけ今日から見ていきますヨーロッパの事例というものを見ますとですね、ヨーロッパ王室はやっぱりこの2度の世界対戦も経ても生き残った。現在も非常に活躍してるその背景はやはり時代とともに変わる国民の動き。あるいは世界の動きに敏感に応じている。

そこにも書きましたが、それにほんの一例ですけども例えば地球環境問題、あるいは LGBTの問題、あるいはですね女性だとかあるいは子供の人権の問題。そういった世界最先進の問題に実はいろんな団体立ち上げたり、そういった団体とコミットしてサポートしている。

そういう役割をベネルクス、あるいは北欧やイギリスの王室というのは率先して行ったりしています。

そういったように実は今後もですね日本なんかにもいろんな日本の皇室にも示唆を与えてくれるのはそういった側面があるのではないかと。

ただきょうは本当時間が限られておりますので、この皇位継承という今日のタイトルにかかわる問題でこのヨーロッパ王室の現場あるいはそれが日本に影響を与えるのかなということでですね、2点だけ取り上げてお話をさせていただくことにいたします。

まずレジュメの①のほうですがこちらも皆さんご案内の通り、生前退位。いわゆる譲位という問題ですね。まあこれはの日本ではご存知の通り皇室典範で退位というその条項がないもんですから、ですから自らではないということなんでこの生前退位と上位を譲るという言葉じゃなく生前退位という言葉になってしまいましたが。

まあレジュメに書いたとおり、ヨーロッパで言えばアブディケーション(譲位)ということになります。これにつきましては裏面を見ていただきますとも皆さんご案内の丸い写真。2016年8月8日の午後3時からですね、もう nhk をはじめテレビ東京もですね同じ時間帯から放映するというも地上波全局で放映して皆さんもご覧になったと思いますが、こういう非常に衝撃的なですね。

もちろんここでは退位をしたいとはひと言もおっしゃってませんが、まあそれを匂わせるような。

でその後皆さんご案内のとおりまあ足かけ2年間くらいかけてですね、一応法律も作られまして、そして今年2019年の4月30日に退位、それから新しい令和の時代が始まるということになったわけなんです。

このようなですね天皇の退位というまあ近代史上では初めての出来事なわけなんですが、これにもおそらく当然この明仁天皇の心中あるいは脳裏には色々とヨーロッパの事例というものがいろいろとあのよぎったんではないかと。

実を言いますと、ヨーロッパにおきましてもですね、第二次世界対戦後に特にベネルクス

、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクを中心にこういった退位より譲位ということが見られるようになったんです

ベアトリクス女王。後でまた出てきますが、1月に退位をされたベアトリクス女王のおばあちゃんに当たるウィルヘルミナ女王いう人がいました。彼女はですね、1940年5月10日にあのナチスドイツ軍がオランダベルギールクセンブルクフランスに一挙に雪崩できました。それでこの結果オランダもすぐさま蹂躙されてしまう。

この結果、着の身着のままでロンドンに亡命して、そこからいわゆるBBCのラジオ使ってオランダ本国にどんどん抵抗運動・レジスタンスを呼びかけたまさに救国の英雄の女王でした。

45年にもう解放されて帰国をしたんですが、やっぱりこの5年間の亡命生活のストレスもありました。もうすでにも60歳をね亡命した時からも越えていらっしゃった。そして一方で帰って来て見るとやっぱり若い世代との間のギャップもあるということで結局1948年ですから戦争あった3年後に娘のユリアナに譲位するというような状況となります。

ユリアナ女王もこの後32年間にわたって、本当に国民と一緒にですね、オランダ戦後の復興それからオランダを経済大国として支えていく、そういう役割を果たしたんです1980年に結局引退をいたしまして娘のベアトリクスに譲ると、でベアトリクス女王もやはり33年間にわたって本当に世界中を駆け回りました。

この33年間でも54カ国を回るというような大変な活躍ぶりだったわけなんですがその彼女も今写真を見ていただいている通り2013年1月75歳を迎えましまだまだお元気でいまだに公務をなさっていますが、気も熟しただろうと息子のアレクサンダーに譲るということでこの年の4月に譲ると。

ですからオランダの場合は3代、女王がですね譲位というような。別に慣例にしようと思っているわけではないんでしょうがやはりご自身の高齢化、それからもう次の世代の王女とか王子がちゃんと育ってると。もう世界中をこの37年間で回ってですね、そして知己も萌えている、さらには公務にも慣れているということで譲位というような、事実上慣例になってまいりました。

お隣のルクセンブルクも実は同じような運命をたどりまして、さっき言った1940年5月にやっぱりルクセンブルクもナチに蹂躙されたんですが、当時女性の太公だったシャーロットさん。このシャーロット大公はやっぱりオランダに亡命して、そして徹底抗戦呼びかけて帰国して、でその後の戦後のルクセンブルクを築きまして、そして1964年に息子のジャンさんにに譲ると。

でこのジャン太公もやっぱり36年にわたってもずっと国民とともにですねこの国を盛り立てていったんですが、2000年に今のアンリさんに大公を譲るというような譲位が続いています。

ただベルギーはですね実際ちょっと事情が違いまして。これはちょっと話長いので。レオポルド3世という、やっぱりナチに蹂躙された王様の件は、彼は退位したんですがちょっと理由が違いました。

退位というような事例はなかったんですが先ほどから見ていただいているこのベアトリクス女王のちょうど半年後2013年の7月に、アルベール2世国王を結局退位すると。これはですね、ベルギーはこのルクセンブルクあるいはオランダとちょっと違いまして、実はもう国王の力が非常に大きい。役割が重要なんです。というのはご存じの人も多いと思いますがもうも出来上がったときからそうなんです。やっぱり20世紀の半ば後半くらいからオランダ語を話すフランデレン系の民族とフランス語を話すはワロン系の民族とに二分されてまして、ものすごい対立がある。

本当に国がもう二分されちゃうような状況がいくらでも起こったんですがその調整役が王様なんです。実際もう541日間もね、正式な政府ができないなんてことは2010年から11年起こっているんですがこれも結局最終的に調整したのは王様でした。だからもう70を超えてるね王様非常にもへとへとになっちゃって、この結果2013年79歳を迎えていたアールヴェールも引退する。で息子のフィリップに譲るというようなこと。

ですから近年の例もあわせましてベネルクスはわりとこういう譲位というケースが多いんですが、一方レジュメを書きましたが、北ヨーロッパ(ノルウェー、デンマーク、スウェーデン)、イギリスの場合はそういった譲位というようなケースはないわけでして。

しかしこのベネルクスのケースについてはおそらく裏面の写真見ていただくと歴然としていると思いますが、先ほどもお話をしたあの2016年8月8日のこの言葉の姿ですね、やはり今回陛下がやなさった、このいわゆる記者会見形式にはしない、いわゆる事前に撮っておいた、本当に国民の目をですね一人一人の国民の目を見てメッセージを伝えるというには非常にインパクトがあった。まさにすぐ下の写真、同じですよね。

まさに2013年のベアトリクス女王、それから実はあの今日は写真は載せていませんが、同じ7月のアルベール2世それからちょうど翌年違う事情でスペインのファンカーロス国王もやはり退位されたんですが、皆さんやっぱり事前に撮ったビデオで国民にメッセージを伝えるというやり方。

それから実はお言葉もですね、あのベアトリクス女王が述べた言葉と実はこの日天皇は似ている部分が、多くのことが示唆を与えられている。これも当たり前かもしれませんが、今の明仁天皇は1953年昭和28年の6月2日の今のエリザベス2世の戴冠式、これに出席するためにイギリスに行かれて、ヨーロッパに歴訪した。

実はアルベールさん、あるいはベアトリクスさんはみんなその頃から60年来の友人なんです。もちろん年齢もほとんど同じです。でやっぱりそれぞれ天皇や女王、国王にになられてそれぞれ同じような苦労をされた。それから自分の子供たちもどんどん育って来ている。そのような状況がやはりこのように多くのことを、おそらくこの明仁天皇への退位に示唆を与えているのではないかと思われます。

一方でこの②の方に移りますが、この問題のがむしろもいます以上に深刻な問題になっていると思いますが、まあ先ほどからお話があった通りですね、皇室という問題、非常に重要な存在なんではないかと思わ追われるんですがそれを担ってくれるといいましょうか、公務を担うあるいは皇位を継承していくですねそういうような存在が実はどんどんどんどん減ってしまって、いわゆる男系男子にこだわるという、そういうまた明治近代になってからの、まあ作られたものだと思います。

あるいは皇室典範の第12条にあるいわゆる女性の後続が男性皇族以外と結婚しちゃったらいわゆる臣籍降下しないといけない、一般人ならなきゃいけない。これによってもいわゆる皇族自身のの数も減ってしまっているということになるわけです。

じゃあ同じようなことが欧州ではあったのか?もちろんありました。

やっぱりこういう問題が出てきているのはさっき大正天皇以後ご存じの通り、日本も一夫一婦制になりました。側室制度を廃止しちゃったわけです。

ですからヨーロッパの場合は、もちろんご存知の通りキリスト教国家ですから、元々もう中世以来一夫一婦制なんです。

しかも特にヨーロッパは17~18世紀ちょうど、日本の江戸時代ですが。その前の16世紀に、ちょっと500年前のマルチンルターの宗教改革がありました。あれでプロテスタントとカトリックに分かれてしまったんで、この結果実は大河内同士の結婚も限られるようになった。カトリックはカトリックと結婚する、プロテスタントプロテスタントで結婚するとなっちゃった結果、カトリックの御三家ともいうべきスペインのスペインのハプスブルクとオーストリアのハプスブルクと、フランスブルボン。同じ格付け同士じゃないととてもね、この後継承できないって言うんで、この3つのうちでどんどん結婚につながってしまったんでお気づきの通り近親結婚の弊害ですよね。

この結果どんどん子供が若くして死んじゃう、継承者がいない。この結果ご存知の通りスペイン王位継承戦争。あるいはオーストリア王位継承戦争になっちゃったわけです。

ご存知の通り、実はマリアテレジア以後のあのハプスブルクは、これは女系ですよね。すなわちその後ののヨーゼフ2世という息子が継いで、そのうちですから、ハプスブルクでさえももう女系の男子が継承しなきゃいけない、そういう状況になっている。

そういう歴史を実はヨーロッパ物語っています。で先ほど言った総力戦の結果というのはあるんでしょう。

20世紀になりまして、結局今まで男子にしかあの継承権与えていなかったような国々も女子に与えよう。プラスそれだけではなく、もういわゆる絶対的長子相続制といいます、すなわち男女を問わず第一子が優先される。

第一子が女の子だったらいいじゃないかというのが、1979年のスウェーデンをきっかけにですね、その後オランダもノルウェーもあるいはベルギーもそして2013年のイギリスに至るまでもうヨーロッパのほとんどの国はこの絶対的長子相続性を取るような。

スペインはですねまだ男子優先ですが今のフェリペ6世は2人お嬢さん。だから長女のレオノールさんが女王となります。したがって、今からあと30年ぐらい経つと実はヨーロッパはイギリスとそれから

はイギリスとデンマークを除くとほとんどが女王陛下の時代になっちゃう。まあたまたまをすることになりました。

皆さんちょうど愛子さんと同世代の2000年代の初頭の生まれなんですがそういう時代になってきます。

ですから別にね日本がどうのということを言ってませんよ。

しかしやはりこういうような趨勢というのはヨーロッパでも見られるようになった。このお話をした通りこのヨーロッパの今の歴史ですとか、この20世紀21世紀の現状と言うのを見ていきましてもいまだにやはり今の日本っていうのはこのヨーロッパから学ぶ面がを常に多いんじゃないか。

さっきも一番最初に言いましたように、 LGBTあるいは女性や子どもの問題、地球環境問題は今のヨーロッパの王室王族たちがもう20世紀半ばぐらいからずっと手掛けている問題。今の天皇陛下もニーズ問題ですよね。これでオランダのウェイラインサンダー国王ともタイアップを国連でしていらっしゃいました。

それから昨年12月9日のですね当時の最後の皇太子妃としての雅子さまのお言葉の中には今やっぱり子供のですね貧困あるいは虐待、こういった問題に興味がある。

これまた実はスウェーデンのシルビア王妃、こないだいらっしゃったカール16世グスタフの奥様ですね。彼女がもう20年前1999年からまさにそういう世界子供財団を立ち上げてまさに虐待とかを防止している。

これにヨーロッパ中のですね女性王族ネットワークが加わっている。こういったものにも非常に今後のですね、新しい令和の皇室のあり方というのに示唆を与えてくれるのではないかということで私のお話はお時間がきましたので終わりいたします。

ありがとうございました。

▼講演のレジュメ

http://topics.nichibun.ac.jp/uploads/files/pdf/resume_kimizuka_20191109.pdf

この動画もかなり面白かったです。

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